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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)4494号 判決 1994年2月24日

脱退原告

丸山君子こと鶴林君子

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する平成三年八月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車が岸壁から海中に転落し、運転者が死亡した事故に関し、その遺族である原告(養子であり、自己の相続分の他、配偶者の分についても債権譲渡を受けたとしている。)が自家用自動車総合保険契約に基づく保険金の支払を求め、保険会社を相手に提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  次の事故(以下「本件事件」という。)が発生した(甲第三号証)。

(一) 日時 平成三年八月一四日午前九時一〇分ころ。

(二) 場所 泉大津市小津島町一番地先助松埠頭二号岸壁付近(以下「本件現場」という。)

(三) 事故車 亡丸山正次郎(以下「正次郎」という。)運転の普通乗用自動車(和泉五二に七九七〇号、以下「正次郎車」という。)

(四) 事故態様 事故車が本件事故現場から海中に転落し、正次郎が溺死した。

2  保険契約の存在

正次郎は、平成三年四月九日、被告との間に、正次郎車に関し、自家用自動車総合保険契約を締結し、保険事故が発生した場合、被告は、正次郎に車両保険金一〇〇万円、自損事故保険金一四〇〇万円、搭乗者傷害保険金一〇〇〇万円を支払う旨約した。

3  債権譲渡、訴訟参加及び脱退

原告は、平成四年一二月二五日、脱退原告から本件保険金請求権につき債権譲渡を受け、平成五年二月二六日、被告に右譲渡の通知をしたことが認められるところ(甲第一三号証の一、二)、原告は、脱退原告と被告との間に係属していた保険金請求訴訟に関し、両名を相手に、権利承継参加をし、その後、脱退原告は本件訴訟から脱退(原・被告同意)した。

二  争点(本件事件が保険事故に該当するか否か)

1  被告の主張

本件は、正次郎が正次郎車のエンジンギアをローにし、エンジンを全開にした状態で急激に加速し、岸壁方向に突進し、ノーブレーキで車止めを乗り越えて海中に転落し、右転落後、同車は少なくとも三〇秒以上海上に浮んでおり、運転席窓は開いており、付近にいた釣客ら数人が脱出をうながしたにもかかわらず、正次郎は、一瞬、岸壁の釣客らの方向に首をかしげるような動作をしたのみでそのまま端座し、運転席側窓が全開であるのに一切の脱出を試みる行動をとることなく、同車もろとも海中に没した事案であるから、同人は覚悟の自殺をしたものと推認するのが相当である。

正次郎は、本件当時、無職であり、パーキンソン病が回復不可能なほど急激に悪化した上、同時期にかかりつけの医師から治療をうけていた椎間板ヘルニアについて症状固定による労災保険給付(休業補償)も打切りを通告されたのであり、本件事故前、これらによりノイローゼ・自暴自棄となり、これが自殺の動機・原因となつたと考えられる。

したがつて、自損事故保険金については自損事故条項三条一項一号及び四号により、搭乗者傷害保険金については、搭乗者傷害条項二条一項一号及び四号により、車両保険金については車両条項二条一号により、いずれも保険金の支払が免責される場合に該当する。

2  原告の主張

(一) 本件は、正次郎が正次郎車を運転中、海中に転落して溺死し、同車が全損となつたものである。

(二) 本件正次郎車の転落、正次郎の溺死につき、被告主張のような事実が疑問なく認定できるか否か自体疑問であることはさておくとして、仮に被告主張の事実が認められるとしても、自殺と推認することは相当ではない。

正次郎は、本件事故の約二か月前ころから、パーキンソン病の発症である両手足の振戦が出ており、約三週間前の平成三年七月二三日、救急車で搬入される程度に重くなり、歩行不能、両上下肢に強い振戦が生じている。パーキンソン病は、手足の随意運動が不可能となることに特徴があり、正次郎が自動車運転中にパーキンソン病の発作に襲われ、アクセルに置いていた足の随意運動が不可能となり、両手によるハンドル操作も不可能となつた事態を想定すれば、正次郎車の異常な走行状態と海中転落の原因は容易に了解可能である。

また、同人が片目を失明しており、従前から運転技術が拙劣であつて何回も事故歴があることを併せ考慮すると、右状況はより理解できるものといえよう。さらに、転落場所の海底はヘドロ状態であるのに、同車のフロントガラスがひび割れしていることやその天井がへこんでいた事実から、車止めを突破したり、海上に転落した際に同人が頭部等に打撃を受けて意識を失い、そのため脱出できなかつたことが想定されるし、前記パーキンソン病の発作により随意運動が不可能であることからも、同人に脱出行動が見られなかつたことをもつて自殺と断定することはできない。同人が海上に浮かぶ車内で顔を動かしていたという目撃者の証言も潮流と浮動沈下のため緩慢かつ不規則な動きをしている同車の動きにそい失神した同人の身体が動き、これがたまたま離れた場所から声をかけていた目撃者からみれば、正次郎がこれらの声に応じて振り向きなどしたように思われたことが考えられる。

そして、車体が引上げられた時、同人は運転席側の開いた窓から片手を出して溺死していたことは、同車が沈んでいつた際、同人に行動の自由がなかつたためと考えるべきであり、また、同人が自動車の運転席側の窓を全開のままにしていたこと、シートベルトを着用していなかつたことは覚悟の自殺をなす際の行動としては不合理であり、車止めがあり、衝撃が大きく、周囲に多くの人間が常時いる本件現場を自殺の場所として選ぶのは不自然である。

したがつて、被告の主張事実をもつて、少なくとも、本件事故が正次郎の自殺の意志に基づいて発生したものと推認することは相当ではない。

(三) 他方、本件自殺の動機について検討すると、馬場記念病院においての治療中、軽い傷病でも常に医師に訴えており、自己の生命や身体の安全への執着は大きく、むしろ異常な程であつて、かかる正次郎が自傷の極地である自殺を図るのは不自然である。正次郎は、駆け落ち、同棲、そして内縁関係から始まり、事故の約二か月前に婚姻届けを提出した、妻君子のことを常に気にかけており、同女一人を残して自分だけが自殺を図ることは考えられない。正次郎の言動は、何ら病苦を悩み、自殺を考えているような徴候は何ら認められず、本件事故前、三万円近くの現金を所持し、君子が体調が悪く休んでいるにもかかわらず出かけたのであり、夫婦で最後の機会をもつた形跡もない。

正次郎が医師から労災給付打切りの話をされた時の具体的内容は判然としないが、実兄によれば、「(労災が)打切られてもパーキンソン病があるから国が面倒をみてくれるので心配はいらん。」と述べていたとのことであり、これに思い悩んで自殺に走るにしては、その現実性、窮迫性がない。正次郎には、生活保護の扶助や身体障害者としての扶助による手当の方法があることは当然に分つており、生活についても、当時君子が働いていることから、二人での生活に悩んだりする必然性はない。

なお、診療録中の「ノイローゼ気味」との記載は、これを具体的に認めるべき確たる根拠はない。

したがつて、少なくとも、正次郎が当時おかれていた同人の性格、言動に照すと、同人に自殺を図る動機・原因等やこれをうかがわせる言動は認められず、いずれにせよ、被告の抗弁事実を認定するに足る十分な証拠はない。

第三争点に対する判断

一  免責について

1  本件保険契約における免責条項について

被告と正次郎とが締結していた自家用自動車総合保険は、対人賠償保険、対物賠償保険の他、自損事故保険、無保険者傷害保険、搭乗者傷害保険、車両保険等の各種保険がセツトになつている保険である。右のうち、自損事故保険金・搭乗者傷害保険金については、自損事故条項三条一項一号・搭乗者傷害条項二条一項一号により「被保険者の故意によつて、その本人について生じた傷害」について、各同項四号により「被保険者の闘争行為、自殺行為または犯罪行為によつて、その本人について生じた傷害」について、車両保険金については、車両条項二条一号により、「保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者」の「故意」による損害について、いずれも保険金の支払が免責される旨特約が付されている(乙第一号証)。

そこで、以下、本件が被保険者である正次郎の故意によつて生じたものであり、被告が保険金の支払を免責される場合に該当するか否かを検討する。

2  事故態様について

甲第三、四号証、乙第九号証及び証人白旗省三の証言によれば、次の事実が認められる。

正次郎は、正次郎車を運転し、泉大津市小津島町一番地助松埠頭二号岸壁の本件事故現場にさしかかつた際、ギアをローに入れ、エンジンを全開にし、東方から海のある西方へ向かい、豪音を立てながらかなりの高速で直進し、一切ブレーキをかけずに衝撃音を上げて高さ約一五センチメートルの車止めに衝突し、それを乗り越え、約二〇メートル先の海中へ飛び込んだ。同岸壁付近には、小林由幸、小林安子夫婦の他、数人の釣人がいたため、右安子らが、早く脱出するよう大声で呼びかけた。しかし、正次郎は、全開になつていた運転席側窓越に、声のする方にいつたんは振り向いたものの、すぐに前方に視線を戻し、繰り返される呼びかけにもかかわらず、脱出しようとはせず、そのまま動かずにいた。やがて、正次郎車は、ゆつくりと左回りに回転してゆき、浸水のため、着水から三〇秒以上経過した時点で海没した。

平成三年八月一四日午後〇時五分、正次郎車は、岸壁から西方約四〇メートル、水深約九メートルの海中で発見された。同車の前面フロントガラスはひび割れ、運転席窓ガラスは開放され、前後のドアは内側からロツクされ、エンジンキーは差込まれたままであり、ギアはローに入つていた。正次郎は、同車運転席に座り、シートベルトはしておらず、左手は右足付根部に当て、右手は運転席ドアの窓の外に伸ばして出し、鼻・口から白色泡沫を多数出し死亡していた。

3  正次郎の本件に至るまでの経過について

甲第六ないし第八号証(枝番号省略、以下同じ)、乙第二ないし第四号証、第七号証によれば、次の事実が認められる。

正次郎は、昭和四年一〇月四日に和歌山県に生まれ、昭和五〇年四月一七日、岡本佳子と婚姻し、同日、同女の子である浩代の養父となつたが、昭和六三年四月一五日、右佳子と離婚し、平成三年六月一九日、内縁関係にあつた鶴橋君子(以下「君子」という。)と婚姻した。君子は、ホテルの雑役婦として稼働しており、正次郎とは酒を飲むとつかみ合いの喧嘩をすることもあつたが、総じて夫婦仲は良好であつた。

正次郎は、本件より一五年前からいわゆる何でも屋の仕事をしていたが、昭和五八年一二月一三日から昭和六二年一月一〇日まで馬場記念病院整形外科に入院し、その後、本件死亡前まで同科に通院し、昭和六二年一二月一九日以降、同病院内科にも通院し、平成三年七月二三日、府中病院内科に入院(一日)するなどしていた。

原告は、この間、昭和五八年一二月一三日、馬場記念病院で腰椎椎間板ヘルニアと、昭和六三年八月三〇日、同病院内科で(アルコール性)肝障害と、平成三年五月二一日、馬場記念病院内科で痔核と、同年五月二一日、府中病院内科でパーキンソン症候群とそれぞれ診断された(なお、原告は、右の他、糖尿病疑い、大酒家疑い、急性上気道炎の疑いの診断を受けている。)。

右のうち、パーキンソン症とは、発症のメカニズムは未だ解明されていないが、特定の病気をさすのではなく、いくつかの特微的な症状が共通にみられる状態をいい、四肢の震え、筋肉の硬直、動作の緩慢が三徴候である。震えは、手足に現れるが、時には、口唇、舌、顎、腹部、胸部にも生じ、筋肉の硬直は、形成性固縮と呼ばれ、四肢を動かす時、一定で一様な抵抗がみられ、弛緩が困難となり、動作は、遅く、すぐに疲れやすくなるという病像である。

右パーキンソン症との診断の後も、原告は、馬場病院において、夜間に両手のこわばりが生じ(平成三年七月六日)、手の振戦(ふるえ)が生じるなど(同月一六日、二一日、同年八月九日)、同疾患の症状が継続している。

府中病院の橋本務医師は、弁護士照会に対する回答において、次のように述べている。

「患者、丸山正次郎氏は、平成三年七月二三日、両手足の激しい振戦(約一か月前から出現したとのこと)を訴えて、救急搬送されました。入院時の所見では、両上下肢の振戦は強く、上肢の腱反射は軽度亢進しているものの、自動運動は可能で、感覚等に異常は認められません。そこで上記疾患(パーキンソン症候群)を疑い、検査、治療のため入院されましたが、ベツト上での異常行動(急に座つたり、寝たりを繰り返すなど)があり、本人も安静にしていられないとのことでした。従つて、当院病棟での管理は困難と判断し、他院の神経科に紹介する旨話しましたが、本人が外来通院を希望され、当日、退院されました。尚、検査として、他の脳疾患も疑われるため、頭部CTを撮る予定でしたが、振戦が強いため、撮影不可にて検査はできておりません。」

4  当裁判所の判断

以上の事実によれば、正次郎が正次郎車を運転し、ギアをローに入れ、エンジンを全開にし、海へ向かい、豪音を立てながらがなりの高速で直進し、一切ブレーキをかけずに衝撃音を上げて高さ約一五センチメートルの車止めに衝突し、それを乗り越え、約二〇メートル先の海中へ飛び込み、近くにいた釣人らの脱出するようにとの呼びかけにもかかわらず、開放された運転席側窓越に、いつたんは振り向いたものの、すぐに前方に視線を戻し、着水後三〇秒以上もの間、何ら脱出のための行動や救助を求める行動をとることなく、同車とともに海没したというものであり、同人が発見された際、運転席窓ガラスは開放され、前後のドアは内側からロツクされ、エンジンキーは差込まれたままであり、ギアはローに入つており、同人は、同車運転席に座り、シートベルトはせず、左手は右足付根部に当て、右手は運転席ドアの窓の外に伸ばして出して死亡していたというものであるから、同人のかかる行動は、自殺を目的としたものと推認するのが相当である。

右確認に関し、原告は、正次郎は、本件事故の約二か月前ころから、パーキンソン病の発症である両手足の振戦が出ており、約三週間前、救急車で搬入される程度に重くなり、歩行不能、両上下肢に強い振戦が生じているが、同疾病は、手足の随意運動が不可能となることに特徴があり、正次郎が自動車運転中にパーキンソン病の発作に襲われ、アクセルに置いていた足の随意運動が不可能となり、両手によるハンドル操作も不可能となつた事態を想定すれば、正次郎車の異常な走行状態と海中転落の原因は容易に了解可能であると主張する。

しかし、パーキンソン病のため足の随意運動が不可能となることは有り得るであろうが、高速で走行していた車両を制動するためのブレーキ操作が不可能となつたなら格別、ギアをローにしてエンジンを全開にして走行するというのは、単なる制動不能以上の作為があるものと認めざるを得ない。当時、正次郎車の前方には、高さ約一五センチメートルの車止めがあつたのであり、それを乗り越えるには、単なる速度のみならず、障害物を乗り越えるだけの駆動力が必要であつて、正次郎が敢えてギアをローにしていたのは、そのためと推認される。しかも、正次郎は、運転席窓ガラスは開放され、シートベルトをしておらず、脱出することが極めて容易な状態にあつたにもかかわらず、同車が着水後、三〇秒以上もの間、何ら脱出のための行動は勿論、救助を求める行動すら一切とることなく同車とともに海没したのであつて、もはや同人の行動は、パーキンソン病による行動(異常であろうと、緩慢であろうと、転落時の驚愕と恐怖とを示唆する行動が仮にあつたならば、それなりの理解が可能であつたであろう。)として理解し得る域を超えているといわざるを得ない。

また、原告は、正次郎が片目を失明しており、従前から運転技術が拙劣であつて何回も事故歴があり、転落場所の海底はヘドロ状態であるのに、同車のフロントガラスがひび割れしていることやその天井がへこんでいた事実から、車止めを突破し、海上に転落した際に同人が頭部等に打撃を受けて意識を失い、そのため脱出できなかつたことが想定されると主張する。

しかし、右フロントガラスがひび割れしていることやその天井がへこんでいたは、前記転落時の衝撃の大きさを推認させるものではあるが、そのことから正次郎が転落時意識を失つたと推認することには無理がある。かえつて、前記認定のとおり、同人は、近くにいた釣人らの脱出するようにとの呼びかけにもかかわらず、開放された運転席側窓越に、いつたんは振り向いたものの、すぐに前方に視線を戻しており、死亡時の同人の身体には、頭部の打撲をうかがわせる外傷がなかつたのであるから、同人は、前記転落時、意識を失つてはいなかつたものと認められる。

なお、原告は、正次郎が海上に浮かぶ車内で顔を動かしていたという釣人の供述は、潮流と浮動沈下のため緩慢かつ不規則な動きをしている同車の動きにそい失神した同人の身体が動いたのを見誤つたものと主張するが、転落後の正次郎車の動きがさして激しいものであつたことを認め得る証拠はなく、仮に動くとしても上下ないし前後であつて、かかる動きにそう同人の身体の動静を前記呼びかける声の方を振返つて見る動作と見誤る蓋然性は乏しいものと解されるから、右主張も採用できない。

そして、正次郎の本件自殺の動機は、定かでないが、本件当時、同人は、無職であり、昭和五八年以来、八年間、腰椎椎間板ヘルニア、(アルコール性)肝障害、痔核等、様々な疾患に苦しんできたのであり、本件の三か月前には、府中病院内科で難病であるパーキンソン症候群の疑いがあると診断され、また、そのころ、椎間板ヘルニアについては症状固定による労災保険給付(休業補償)の打切りを通告されており、メイローゼの状態にあつたのであり、これが自殺の動機・原因となつたと推認される。

原告は、この点について、正次郎は、前記治療中、自己の生命や身体の安全への執着は異常な程大きく、しかも、事故の約二か月前に婚姻届けを提出した妻君子のことを気にかけており、同女一人を残して自分だけが自殺を図ることは考えられないし、その言動は、何ら病苦を悩み、自殺を考えているような徴候は何ら認められず、パーキンソン病についても、国が面倒をみてくれるので心配はいらないと実兄に述べるなどしていたのであり、正次郎が生活に悩んだりする必然性はないと主張する。

しかし、正次郎の病状は、既に長期にわたつており、加齢とともに、相当な心労をもたらしていたと考えられること、本件事故前には、収入源であつた労災保険の打切りを通告され(新たな給付等の可能性があり、明日にも生活費に困窮するという事態はなかつたであろうが、心身を病んでいるものにとつては、かかる通告自体が精神的打撃をもたらすことがある。)、かつ、パーキンソン病への罹患とその症状(振戦、硬直、緩慢等)による苦痛が生きることへの希望を喪失させた可能性を否定できないことなどを考慮すると、正次郎が自殺に至つたことが理解できないような状態にあつたとまではいえない。自殺に至る動機は実に様々であり、万人に理解できるような深刻な動機に基づく場合もあれば、通常人からみるとさしたる深刻さを感じさせない動機(その場合も、本人にとつては重大な問題ということもある。)から自殺に走る場合も少なくはないのであり、この点は、前記本件の原因に関する認定に消長を来すものではない。

二  まとめ

以上の次第で、本件は、正次郎の自殺(故意による死亡)によるものであり、保険事故によるものとは認められず、前記保険約款における免責事由に該当するから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

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